太平洋クラブライオンズのユニフォームと暗黒の歴史。
背番号ならぬ腹番号が書いてある太平洋クラブライオンズのユニフォーム。
アメリカンフットボールでは無い。野球のユニフォームだ。
1976年の事である。写真はホームラン王のタイトルの獲得した土井正博選手だ。
この年のチーム成績は6位。最下位である。
当時見たときも笑ってしまったが今でも吹き出してしまう。
しかしながら、このユニフォームにするのは深い深い理由があったのだ。
西武ライオンズの前身の西鉄ライオンズが黒い霧事件で経営がおかしくなり
当時のロッテオリオンズの中村長芳さんが個人会社を設立させた福岡野球株式会社がライオンズを買い取ることになった。
大企業ではない個人の会社なので資金が無い。
そこでチームの名前をレンタルする今で言う所謂ネーミングライツを考案、実施することになる。
当時としては画期的な試みだと思う。
そして太平洋クラブという会社と3年契約でネーミングライツを結び「太平洋クラブライオンズ」が誕生する事になる訳だ。
しかし運悪く不況でスポンサー料が入らない様になってしまう。
お金が入ってこない会社をユニフォームに冠表記する事は出来ない。
という事でがこの奇抜なユニフォームが生まれたのである。
結局、スポンサー料は入らず、翌年のスポンサーはクラウンガスライターに変わる事となる。
チーム名はクラウンライターライオンズ。
江川卓をドラフトで1位指名して当たりクジを引きあてるが
「福岡は遠いです。」と断わられ翌年の「空白の1日」事件へと進むこととなる。
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詳しく知りたい人は当時球団代表をしていた坂井保之著「波瀾興亡の球譜―失われたライオンズ史を求めて」を読もう。しっかり書いてある。
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