松井稼頭央・2代目ミスターレオ。
管理人が西武ライオンズファンになったきっかけにしてくれた松井稼頭央。
何をかくそう私は生まれて30年近く阪神タイガースファンでした。
大
学1年生の年。すなわち1985年の優勝を除いては万年Bクラス。
いつも負け試合ばかり見ていたのですが、1997年のある日西武ライオンズ球場のチケットを貰い
西武ライオンズの試合に衝撃を受けました。
何しろ走りまくるんです。
松井、大友、高木大成という1~3番がこんなに走りまくるチームは横浜大洋のスーパーカートリオ以来。
思いっきりライオンズ野球の虜になりました。
その中でも松井稼頭央選手の抜群のセンスに酔いしれました。
シュアなバッティング。盗塁を成功させる足。広い広い守備範囲。
1997年に打率を3割に乗せ、62盗塁で盗塁王を取り、オールスターでは1試合4盗塁を決める。
盗塁成功率が極めて高く、NPB通算83.6%でした。球界の記録である。
ライオンズ最高の1番バッターと言っても過言ではないでしょう。
彼の活躍は変わらないが、チームは1999年あたりから高木の怪我、鈴木健の不調、マルチネスの退団などで貧打線となってしまう。
そこで東尾監督は松井を3番に据える。徐々にバッテッティングスタイルが変わっていくことになる。
ホームランの数が1桁だったのが15本、23本、24本、36本、33本と年を追うごとに多くなっていく。
盗塁の数は逆に減っていったのが残念であった。
2002年にはスイッチバッターとして史上初のトリプルスリーを達成。
まさにミスターレオの名を手に入れる。
「とにかく松井まで回せ!」という言葉を何回言ったことか。。。
しかし、しかし。。。
FAという制度が恨めしい。。。
彼はアメリカ行きを選択してしまう。。。
もっと見たかったぞ!松井ぃ~。
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