鈴木健は90年代後半の西武の主砲。
高校通算本塁打83本という記録を引っさげて鈴木健は1987年のドラフト1位で入団した。
入団時はライオンズの黄金期ということもあり、なかなか試合に出られなかったが
入団6年目あたりから頭角を表した。
打撃センスは抜群であり無駄の少ない打撃フォームと巧みなバットコントロールは非常に高いレベルにある。
秋山幸二、デストラーデが退団する頃からレギュラーとしての出場機会がドンドンと増えていき
1997年に4番を打っていた清原和博がFAで去っていくとチームリーダーとして4番の座に座ることになり1997年、1998年のパ・リーグ連覇に大きく貢献した。打率やホームランも素晴らしい成績だったが得点圏打率、犠飛、四球が多く、真の4番と言うに相応しかった。
1997年の優勝を決めるサヨナラホームランを打ち、ファンは狂喜乱舞したものだ。
守備はお世辞にも上手いとはいえずエラーを連発したのが玉に瑕であった。
2003年には新監督の伊原春樹と確執で出場機会が激減、東京ヤクルトへトレードで出されてしまったのは残念である。
なおヤクルトでの鈴木健の応援歌が吉幾三の「新日本ハウス」のCM曲だったのが笑えた。
2007年引退。
通算成績 .278 ホームラン189本
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