高木大成はレオのプリンス
高木大成選手は桐蔭高校から慶應義塾大学に進み1996年ドラフト1位で西武ライオンズに入団した。
まさしくエリート街道まっしぐらである。
ついたニックネームは「プリンス」
ちょうど西武鉄道グループの関連会社にプリンスホテルがあったから違和感無くファンに浸透した。
入団当時は捕手であった。1年目こそ伊東勤と併用でマスクを被ったが、やはり伊東を抜き去ることは出来ずに2年目の1997年に1塁手にコンバートされた。
(それにしても、垣内、高木、和田など捕手として入団してコンバートとなった選手が本当に多い。)
松井稼頭央、大友進、高木大成と打って走れる1・2・3番を構築し、塁上を走りまくった。盗塁は24個。
因みにこの1・2・3番の盗塁の合計は何と117個!!
私は、この3人がいたから西武ライオンズファンになったのだ!!
横浜大洋の加藤、高木、屋敷のスーパーカートリオを凌駕する活躍であった。
何しろ、ランナーに出たらすぐ走る。バントなんて一切無い。打率も高い。
スピードとパワーも両方兼ね備えているのだ。
スーパーカートリオと一緒にされては困る。
高木は入団してから4年間は順風満帆な野球生活を送った。
年俸1億円も直前となった5年目に膝や肘を故障してしまい一転苦しいシーズンが続くことになる。
さらにカブレラが入団して1塁のレギュラーとなってしまい、他の内野や外野など色々な守備位置にチャレンジせざるを得ない状況となってしまった。
右腕の手術もしながら慣れないポジションを守らないというのは辛かっただろうと思う。
2000年から5年間(プロ野球生活の半分に当たる)が怪我との戦いであったが完全復活することなく、惜しまれながら2005年に現役引退。
そのまま球団に残り、営業課長となる。西武ドームに出かけるとスーツ姿の高木大成を良く見かける。サラリーマンとしての第2の人生を頑張っている。
現役時代の人気も活かし、試合が終わった後にスタジアムで行なわれるイベントにも積極的に参加。「サラリーマン・ナイト」などで高木大成にノックをしてもらったファンは沢山沢山いる。
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第2の人生で、球団職員としてファンサービスできるなんて素晴らしい人材がいますね。オリンピックメダリストの黒岩がいたりと、さすがは西武というところあります。
仰るとおりですね~。打撃投手とかブルペン捕手ではなくって
営業という所が素晴らしいですね~。
アモーレ・カンターレ・マンジャーレの管理人の桂といいます。
トラバありがとうございます。
小生も古くから西武ファンなことから、高木大成の引退のときには感じるものが多くて記事にしたのですが、こうして記憶がよみがえってくるのは嬉しいことです。
高木がデビューした頃、センター大友からの矢のようなバックホームを受けるシーンや、か細いからだで振るスイングする姿にはしびれました。
大友も、ストッキングが長くて、クラシカルな雰囲気で、だからこその軽快な印象もよかったですよね。
桂さん
こんにちは。こちらこそコメントありがとうございます。
高木大成の引退は本当に悲しかったですよね。。。
良くわかります。
少しずつですがライオンズネタを書いていきますので今後とも
よろしくお願いいたします★