東尾修が野球殿堂入り決定。
黒い霧事件でピッチャーがいなくなった暗黒時代を支えた大エースの東尾修が2010年1月12日に野球殿堂入りした。
デッドボールを恐れないシュートを駆使した内角攻めと三振をとるスライダーを思い出す。
監督としても黄金期を過ぎたチームを若手中心に切り替えて
7年間で2度のリーグ優勝に導くなど素晴らしい実績を上げた。
選手時代は「俺の球の力では、内角を攻めていくしかない。」と言って
与えた四死球は1267を数える。
珍プレー集でデッドボールに怒り狂った近鉄のデービスにぶん殴られたシーンが印象的である。
(この時、自分の利き手を守り、グローブで応戦していたのが立派だった。)
通算成績251勝 247 負23セーブ。
しかし弱い弱いライオンズでなかったら勝ち星は300を越えたと思う。
監督時代には前任の森祇晶氏の手堅い野球を捨て、バントより盗塁をさせてエキサイティングな試合を演出した。
管理人は東尾野球で西武ファンになったのだ。
プロ野球はスポーツである以前に「興行」である。
面白い試合をすれば客の心を掴むものだ。
森祇晶氏は「面白い野球というのは解らない。」と言って解任されてしまったが。。。
強烈に楽しかったのが1995年の5月9日のオリックス戦で0-9とボロ負け確実となった時に
東尾が「ピッチャー!オレステス・デストラーデ!!」とコールした事であろう。
結局デストラーデは1アウトも取れないピッチングで降板したが
翌日のスポーツ紙は、オーレがピッチャーに!!と大きく報じた。
森さんには出来ない采配であり、尚且つ勝負のみえてしまったつまらない試合を一気に盛り上げたのは
ファンとしては堪らなく嬉しい。
球場にいた観客もさぞ楽しんだ事だろう。
男気のある東尾の事だ。また近いうちにライオンズのユニフォームを着るに違いない。
その日を楽しみにしようではないか!待ってるぞ!
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おかわりくんがんばってぼく9歳です野球やってますがんばれ
9歳で野球やってるんですね。
大きくなったらプロ野球選手になれるといいですね。
がんばってください★