西口文也は孤高のエース
蝶の様に舞い蜂の様に刺す。
西口文也投手の投球フォームは、まるで蝶が舞っているよう。
または踊っている様に感じられる。
しなやかで鞭のようでもある。
彼は80年代の黄金時代の後の絶対的なエースである。
「今日は予告先発が西口だから観にいこう!」
よくそう思ったものだ。
西口文也は1993年のドラフト3位で入団。立正大学という、あまりプロ野球人を排出していない学校からの入団ということで管理人はあまり注目していなかった。
しかし150キロを超える快速球とナイフの様に切れるスライダー。そしてチェンジアップの組み合わせでローテーションの柱になる。
3年目には16勝。翌1997年には15勝で最多勝と192個の奪三振王の2冠に輝きリーグ優勝の立役者となった。
更に続く1998年も13勝ながら2年連続の最多勝利と148個の奪三振王を獲る。
97年から7年連続2ケタ勝利をあげるなどエースとして君臨し続けた。
よく松坂がエースだ。と巷では言われるが管理人の中では無条件で西武のエースといえば西口である。
FA宣言でチームを離れていってしまった奴と生涯ライオンズを誓った西口と比べてはいけない。
記録の面では97~98年がキャリアハイであるが
記憶の面では2000年以降が凄いものがある。
2002年8月26日の対千葉ロッテマリーンズ戦であと一人おさえればノーヒットノーランというピッチングを演じた。
実際に球場にいた管理人はドキドキしながら観ていたが一方で「こんなに観客が少なくて無安打無得点試合なんかしていいのか?」と気の毒になってしまった。
もっとも小坂誠選手にヒットを打たれて記録を逃した時には「あー。歴史的瞬間に立ち会えなかったと悔しくて悔しく仕方が無かった。笑。
悲劇は続く。
2005年5月13日のセ・パ交流試合・対読売ジャイアンツ戦。
こちらも管理人は球場にしたのだが9回2死までノーヒットノーランのピッチングをした。
清水隆行にホームランを打たれて完封すら逃してしまうオマケつきであった。(勝ち星はついた。)
この日は巨人戦ということで先述のロッテ戦とは違いスタジアムは満員。
管理人は「こんなにお客さんが入っているんだから今度は絶対に決めろ!」と力んでしまった。笑。
まだ終わらない。。
2005年8月27日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦では9回を投げ切り完全試合をしていたのだが味方が打ってくれずに延長戦に突入。
結局、10回に沖原佳典にヒットを打たれ「3度目の正直」ではなく「2度あることは3度ある」になってしまった。
しかし本人はケロッとしていて「ツキは最後までとっておけばいい。年をとって引退する直前にノーヒットノーランがしたいので、とっておきます。」という趣旨のコメントをした。
内心は悔しいと思うが、このサバサバしたインタビューでファンが急増したことだろう。
この年年俸が3億円となり西口投手は「名より実を取る」事となった。
現在37歳。ここ数年は打ち込まれることが多くなったベテランだが
あと40勝で達成する200勝目指して頑張ってもらいたいものである。
勿論、最後のマウンドはノーヒットノーランで決めていただきたい。
←管理人のモチベーションが上がるので是非クリックして下さい★
←埼玉西武ライオンズの話題が満載!
にほんブログ村


トラックバックURL